2018年6月9日

京都 地下アーケード街の広場 21:00
帰宅する人々が足早に地下鉄の改札へと向かっている。広場に面するほとんどの店が営業を終了しシャッターを下ろしている。まだ開いているのはコーヒーショップとファミリーマート、そして地下鉄の改札口。

輸入食品店のシャッターを背にして立ち、微かにリズムを取っている男性がいる。
次第にリズムは上半身へと広がり、全身を引き連れたまま床へと頭を落としていく。地面に背中を着け、次の瞬間には身体の内側に向けて引力を引き絞るように回転する。
その前を、何人かのサラリーマンが電車の発射時刻を気にしながら通り過ぎていく。
家族連れが電車のホームから出てきて、子供が彼の方向を見る。その手を引っ張って母親が「すごいね」と口にし父親のあとを追い出口へと向かう。
耳にイヤホンをした若い女性がホームに向かい改札前で足を止め、自身の身体を見渡し2、3歩後ずさったのち、元来た方向へ戻り始める。

リズムを取っていた男性は靴を脱ぎ、バックパックから取り出した黒い靴に履き替えようとしている。片足ずつ丁寧に紐を解いて足を入れ、手慣れた動作でキュッと結んでいく。

改札口の近くにある待合所のベンチではスーツを着崩した人が、視線をやや落としてただ座っている。
『ようこそ、地下デパートへ。各店舗の営業時間は午前8時から午後10時までとなっております。』アナウンスと共におもちゃの楽器で演奏したようなBGMも流れてくる。
『…..ヒットチャート代7位は、通算13曲目にして待望のファーストアルバムに収録のー』広場の大きな液晶からはその週の音楽ヒットチャートが流れ、その後に広告映像が続く。

改札の前まで歩いていく。ICカードを改札に接触させる直前、男性が流していた音楽が聴こえてきた。足を止め、元来たルートを引き返し彼に目を向けて立ち止まる。

彼は多様なステップを綴り、はらはらと翻るように踊る。

彼の正面に向かって歩いていく。


-初めまして、僕、ストリートで出会った人とセッションして作品を作っているんですが一緒にやってもらってもいいですか。

 、、、はい。

-10分間くらい、お願いします。

カメラを正面にセットし撮影を始める。
腕時計のタイマーを10分間にセットする。
彼は音楽を選び流し始める。高い音域の何種類かのパーカッションが組み合わさった変則的な音楽。

-(手を上げて)はい、お願いします。

タイマーのカウントがはじまってすぐ二人は向き合って踊るが、やがて踊る方向は床に、天井に、壁に向かって四方へと拡散する。彼はうねるように肘を捻り、肘の軌道と手を結び上半身を隆起させる。
彼は床に手をつき、身体を翻して半身で飛ぶ。足が、腕が、頭が、腰があらゆる方向へ、意志が目指すよりも先に罅ぜる。
気付けば彼は立竦み、目はここではない場所を向いている。
もう二人は向き合っていない。引き続きパーカッションの音は鳴り続けるが、リズムから突如離脱した二つの身体は、それぞれの速度で呼吸を続ける。束の間の何も起きない時間。

足にもう一度意識を戻しのそのそと立ち上がる。彼の間際に立ち、よたよたと更に近づいていき二人の間にはもはや寸分の距離しかない。目線は合わない、しかし身体は互いを向かって直面する。わずかな膠着の後、上半身と腕が振り下ろされる。互いの身体の四肢が、相手の輪郭線の間際を控えることを知らない速度で踊られる。股の間を、足が。首と胴のわずかな隙間を、肘が。後ろ髪のすぐそばを、落ちてくる足が。
ストリートダンスが踊りの装いをした何かに成りかける。

タイマーに目を向ける。設定した時間がもう少しでやってくる。

二人は自身の身体の捻りや可動域の外に出るような動きになる。
腕を身体の背面に、足を側頭部に。

二つの身体が直線で結んでいた関係は解除される。聴こえてくる音楽はリズムが大きく変わり、より複雑な複数の音の重なりとなる。

やがて円を描くように二人は歩き始め、カメラの画の角度から時折外れる。
リズムが更に鋭く早まっていき、弾けるような新しい音が加わり身体の動きを追い立てる。
彼が止まり、あの綴るようなステップになる。

腕時計を確認するとタイマーが鳴っていた。

-(手を上げて)ありがとうございました。


 コーヒーでも飲みますか。

彼は自身のバックパックのスペースにスピーカー、靴(気づけば履き替えていた)、服を迷いなく仕舞うと歩き始めた。そのあとを追う。
地上に出るための階段を登り、最寄りのセブンイ-レブンに入る。

彼はBOSSのカフェオレとたばこ。
こちらはペットボトルのコーヒー。

どうやってダンスをしているか。生きている今の生活をどう思っているのか。
彼は空になった空き缶を灰皿にし、セブンイレブンの光に照らされた道で互いの生活の話しが静かに続く。
程なくして終電の時間がやってくる。

-そろそろ行きます。

 (こちらを向いて笑顔で)それじゃあ、健康で。

-ははは。それじゃあ。

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